himawaritotane7's diary

日々思ったことを・・。

進化とは記録する力?

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以前見たテレビ番組で人類の進化について特集していた。なんでも、ホモサピエンスネアンデルタール人は違う生物らしい。

ま~知ってる人には当然の話なのだが
、「人間とサルの祖先は同じ」
ぐらいにしか関心のなかった私には、
ネアンデルタール人北京原人も、人間の祖先」「ホモサピエンスの祖先」
ぐらいの、誤った知識しかありませんでした。

そうじゃなくて、サルに例えると、
オラウータン」「チンパンジー」「ニホンザル
みたいに、同じサルでも大きく違うように、人間ではあるけど、大きく違う感じらしいです。
また、繁栄した時代、地域も違うし、時代によっては、共存していた時期もあったらしいです。

現代の人間は全てがホモサピエンスらしいのですが、かなり長い間、ネアンデルタール人と共存してたらしく、そのうえ、ホモサピエンスは後発の種なので、最初は圧倒的に数が少なかったらしいです。
しかし、いつしかその数が逆転し、ネアンデルタール人は絶滅してしまうのですが、その番組では、ひとつの仮説として、「のどぼとけ」の違いをあげていました。

これは専門の方なら、
「ま~そういう説もあるよね」
という、数多くある説のうちのひとつでしょうが、なかなか説得力があり、とても興味深かったです。

なんでも、ネアンデルタール人ホモサピエンスの人骨を比べてみると、興味深いことに、「のどぼとけ」の位置が微妙に違うそうです。
そこで、学者さんが立てた仮説は、
「のどぼとけの位置が違うことで、多くの言葉がしゃべれた」
から。

つまり、
「コミュニケーション能力が高くなる」
「「技術」や「伝統」を「口承」で子孫にも伝えることができる」
ことで、生産能力だったり、攻撃能力だったり、グループとして動く能力だったりが、ネアンデルタール人よりもすぐれていったから、ではないか?
ということらしいです。

これは、なかなか説得力あります。
昔、オオカミに育てられた姉妹の話を読んだことがありますが、現代の人間でも、なにも教育されないと人間らしくは育たないらしいし、技術の伝承だったり、教育が現代社会を形成しているといってもよいでしょう。

「文字の発明」「紙の発明」「活版印刷の発明」「写真の発明」「蓄音機の発明」「電話の発明」「テレビの発明」
そして、
「レコード」「カセット」「MD」「CD」「IC」

今では、脳に記録できなくなった膨大な情報を、別の媒体に記録し、いつでも自由に脳に取り込んだり、保存し後世に伝えることができるようになってきています。最近では、インターネットで瞬時に共有できるようにもなりました。

そう考えると、
突然変異で生まれた「のどぼとけ」の位置が少し違っていて、ちょっと多めの音声を出せた祖先が、人類の始まりだったと思うと、「バタフライ効果」というか、不思議というか、なにが幸いするかわからないという、ロマンあふれる話ではあります。